本、建築、ときどき旅。
by fracoco-Y
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カテゴリ:diary( 20 )
遠い声
先日、一目惚れについて触れたが、
本当に、めっきり一目惚れをしなくなった。

通勤電車に乗っていても、目を吸い寄せられるような人は
あまりいなくて、
ただ、疲れているんだろうなぁ、
という表情を浮かべている人が、多い。
(あるいは、疲れて、むっつりとした表情を浮かべて
電車に揺られているのは、私なのか。)

他方では、私も年齢を重ねて、
中学生が隣のクラスのJ君の後ろ姿に心を揺さぶられるような
惚れっぽさがなくなった、ということもある。

ただ、
時折、声に惹かれる、ことがある。

たとえば。
電話で。

昔、さるソフトウェアの会社に問合せをしたことがあった。
新しく入れたばかりのソフトの使い方を、
懇切丁寧に説明してくれた電話の向こう側の人に、

いい声だな、

と、本題とは関係のないことを思った。

きっと上背があって、肩幅の広い・・・
想像をめぐらせた。

思いがけず、そのS・・・・氏と会う機会があった。
たぶん、あまりに要領を得ない、こちらの頻繁な問合せに
同情して(業を煮やして?)、特別に仕事場へ出張してくれることに
なったのだ。

へぇ・・・、声とすこし印象がちがうんだ。

仕事場へあらわれたS・・・氏を前に、
また、本題と関係のないことを思った。

それから、
仕事場を訪問してくれたのを機に、いつしか・・・・

ということは全く無く、
ただ、ソフトウェアの年間契約の更新のときなどに、
ごくたまに、S・・・氏と電話で話をする。

「ーお元気ですか?」
「ーええ、相変わらずです。」

そして私は、S・・・氏はいい声だなぁ、
と相変わらず思う。
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by fracoco-y | 2008-10-02 12:20 | diary
時空飛行
この間、渋谷駅前の交差点を渡ったところで、
センター街から大音量のB'z。

‘流れてゆく遠い街の灯が、知らん顔で美しい…’

私が、高校生の頃に流行った歌。

その頃私は高校生で、ショートカットで、ミニスカートなんか履いていたのだ。

ーはやくピアスをあけたくて、うずうずしていて。

ー夏に、友達のBちゃんと、浜名湖までB'zのライブに行った。

ーレポート用紙で友達と手紙をやり取りした。

ー横浜駅から河合塾に向かう途中の、
ステラおばさんのクッキーの匂いがひどく魅惑的だった。

ー遠い学校の子に一目惚れした。

そういえば、めっきり一目惚れというものをしなくなった。
一種の老化現象なのか。

風景が、1993年のそれに見えた。
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by fracoco-Y | 2008-09-30 23:52 | diary
ひるねこ
我が家の窓から見えるところへ、
毎日昼寝にくる猫がいるらしい。

らしい、と書いたのは、私はまだ一度もその姿を見ないからだ。

母によれば、それは三毛猫で、
日々、同じ場所で二、三時間は昼寝をしていくそうだ。

私は、昼寝をする猫を、ひるねこ、と呼ぶことにした。

晩御飯にあさりとモロヘイヤのカレーを作ることに決めて、
材料の買い出しに出た。

駅に行く途中の駐車場、
茶色のトラ猫が、車の下で昼寝をしているのに出くわした。

顔をこちらのほうに向けて、
口許を、何やらぴくぴく、と
二度ばかり動かした。

二つ先の駅で図書館に寄って、買い物をすませて帰ってくると、
件のトラ猫は、まだ車のしたで午睡中だった。

それは、ちょっと羨ましくなるくらい堂々とした眠りっぷりで、

隣で私も昼寝したいような気に、
思わずなってしまった。
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by fracoco-Y | 2008-08-12 00:39 | diary
らくだ
落語の話。

らくだ、というあだ名のならずもの。
ある日フグの毒に当たってぱったり。

アニキ分の丁の目の半次が、たまたま長屋を訪ねたところ、
事切れたらくだを発見。

知らんぷりもできねぇ、葬式を出さなきゃ、と思うのだが、
生憎と文無し。

そこへ往来を通り掛かったのが、屑屋。

この半次がらくだ同様ならずもの。
屑屋をつかまえて、長屋の連中に、らくだの死を報せ、
弔いを出すから香典を持ってこいって、言え。…とおどかす。

長屋の連中は皆、多かれ少なかれらくだに痛めつけられているので、
らくだの死んだことを喜びこそすれ、香典を出すのは渋るのだが、
屑屋が半次に脅かされているのを聞き、
ならずものも死ねば仏だ。らくだを厄介ばらいできた祝いの意味も込めて、
と弔いに来ることを承知する。

その後も半次は屑屋を脅かして、
大家(らくだがただの一度も家賃を入れなかったのを恨みに思う上に、
有名なケチ)に酒肴の用意をさせたり、
漬物屋から菜漬けの樽をせしめたり(棺桶にするため)
目茶な要求を通した上、
(イヤなら死人を連れて行って
「かんかんのう」(=江戸時代に流行った俗謡)
を踊らせる、と言う)

もう、商売に行かなきゃ、という屑屋をつかまえて
無理無理酒を飲ませる。

ところがこの屑屋。
平素はいたって温和しい人物ながら、どうやら酒乱。

飲んでいくうちに、次第に言葉は荒くなり、
対してコワモテのわりには下戸らしい半次に

「注げ!」

酒が無くなったと言われると

「何ィ?…酒屋に行って、酒持ってこい!
イヤなら死人にかんかんのうを踊らせてやる、って、そう言え!!」

ついに立場はあべこべに。

これは難しい噺だな、と思うのは、
人の良い屑屋がらくだにも散々痛めつけられた(らしい)のに、
半次にも無体に扱われているシーンが続き、
大家も長屋の連中も、結局半次の言うなりになってしまうところ。

お客は無理が通るのを聞き続け、酒のシーンに来て
ようやく溜飲をさげるという…。

半次とらくだのならずものぶりと、
屑屋の豹変ぶりのバランスが、
取れるか取れないかで噺は痛快か不愉快か、
紙一重でどちらにも振れる。

昨日、大井町のきゅりあんで
「きゅりあん寄席」
立川談春のらくだ。
こちらはまず、痛快な方で。

らくだ、の他、
春風亭正太郎「たらちね」
柳家喬太郎「竹の水仙」
柳家三三「五目講釈」

客席は大入り。

・・・実は続きがあるらしい。

屑屋と半次がらくだを棺桶に入れて、落合の火屋(火葬場)へ
運ぶところまで。
ところが桶の底が抜けてしまって、仏を落としてしまい、
ようやく拾ったと思ったのが、間違えて酔いつぶれた
乞食坊主を棺桶に入れて火に投じてしまう。

驚いたのが坊主。
「熱ッ、熱、熱、熱・・・・ここはどこだ!?」
「火屋だ」
「冷酒(ひや)でもいいからもう一杯・・・」

というところで下げ。
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by fracoco-Y | 2008-07-12 11:25 | diary
どんぐりころころ。
さっき、夕刊を見ていたらば、
「水道管からドジョウ」
というニュースに目がとまった。

なんでも配管の接続を間違えたらしい。
上水道に繋ぐべきところを、ため池に繋いじゃったんですな。

蛇口をひねったところ、どじょうが出て来た人は、さだめし驚いただろうな、と思いつつ、
笑ってしまった。

…あれだ。
「どじょうが出て来てこんにちは」

どんぐりころころ…そのまんまの世界。

ちなみにあの歌を、私はつい数ヶ月前まで、
どんぐりころころどんぐりこ。

なのだと思っていた。

殺伐としたニュースばかり見ていると、
も~、いいや、と食傷気味になってしまうのだけど、
こういう小咄的ニュースは大好物。
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by fracoco-Y | 2008-06-03 00:06 | diary
6年1組、同窓会
3月中旬、思いがけず舞い込んだ一枚のハガキ。

この度、昭和62年度卒業***小学校6年1組(**級)による
クラス会を下記の通り開催致します。
時節柄何かとお忙しいとは存じますが、是非ご出席下さいますよう
ご案内申し上げます。・・・

えー!
と驚く。

ムリもない。20年ぶりなのだ。

4月5日、心臓バクバクで会場に向かう。
えーと、私は誰と親しかったんだっけ。
同じクラスには誰がいたっけ。
・・なんて反芻しながら。

集団生活に馴染まないタイプ、と思っていて、
仕事場はボスとのマンツーマン、
というのもむしろ私には居心地が良かったりするのだけれど、

その日、あ、クラス会っていいものかも、
と思ったのは我ながら意外だった。

やんちゃだった男の子たち、
快活な女の子たち。

彼、彼女たちが、当時の面影を残しながら、
バランスの取れた、情緒の安定した大人になっていて、
しかも結婚して子供が2人、とかいたりすることに、
瞠目する。
クラス一のかっこいい男の子はますますかっこよくなっていて。
(かつての美少年がすっかり面変わりして見る影なし、というのは
同窓会につきもののネタの一つだが、一方でこういうこともあるのだ。)

当時は何となく気が引けて、或いは衒いがあって話せなかった子と、
何気ない話ができること。

あー・・、なかなか分け隔てのないクラスだったんだ。
当時の私が気づかなかったのか、あるいは年月がそういう風に
導いたのか。

担任の先生もお招きして。
当時の先生が、今の私たちと同じくらいの年齢であったことを
知った。

20年ぶりの同窓会が実現した経緯。
はじまりは、ミクシィ。
ある一人がミクシィの中に、62年度卒業6年1組のコミュニティを
開いたところから。
やがて連絡の取れる、親しい範囲で集まるようになり、
卒業20年を機に、全員に声を掛けてクラス会を、との運びになった、らしい。

クラス会実現の功労者ともいうべき、そのコミュニティを開いた男の子。
当時はやんちゃで、イタズラばかりしているようなイメージがあって。
いわゆる優等生とか、学級委員とかいうタイプでは全然なくて。

でも、あ、この人なりの洞察とか、リーダーシップを発揮しているんだな、
ということをひしひしと感じた。

私は(家族も)当時の家(小学校のまん前だった!)には
もう住んでいないのだけれど、
「家の趣きが変わったよね。木の格子(トレリス?)が置いてあって、
中から出てきた人が茶髪で、表札が変わってたから、
ああ、引っ越したんだな、って。」
私は、彼がそういう注意を払っていたことにすこし驚き、
敬意と感謝とを感じた。
彼には、地域、という意識があって、地域の変化を
どこかできちんと感じ取っているんだな、と。

先生から、連絡・調整役の女の子へのメール。
「昨日はありがとうございました。嬉しかったです。
昨日は楽しくてなかなか眠れなかったです。みんな堅実に生きているんだなあと思いました。
また呼んでやってください。嬉しかった。」

そう、私も先生と同じ風に思ったのだった。
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by fracoco-Y | 2008-04-07 01:45 | diary
ひねもすのたり。
家から15分ほど歩いたところに森林公園がある。
湿地や芝生があって、散策によい。

陽気がよいので、昼ご飯とお茶セットを持って
母や姉たちと外に出る。
隣接の公営墓地は、彼岸ゆえ、墓参の人々の姿が多く見られ、
公園には、小さな子をつれた家族の姿がいくつも。
ダックスフントやチワワを散歩させる人をちらほら見かけた。

芝生の上で、野点。
お茶請けは、姉の手製の桜餅。

そのあと、とろとろ午睡してしまう。
姉と姪と母とはフリスビーに興じていた。

同じくらいの月齢と思しき乳飲み子をつれた
欧米人のパパ同士。
木の枝を熊手のように引きずる男の子。
その男の子に興味津々なシーズー犬。

案外日差しが強くて、日焼けしてしまった。

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by fracoco-Y | 2008-03-23 20:56 | diary
祖母のこと(母方篇)
金曜日の明け方、電話が鳴った。

トイレに起き出した私に母が、
「おばあちゃん、亡くなったって。・・・・」

前日、携帯に母からのメール。
祖母が、多臓器不全で早ければあと一週間、ということだった。
私は、まだ存命のうちに祖母を見舞おうと、月曜日に札幌へ発つ
飛行機を手配した。

見舞いは凍結。

通夜は日曜日、告別式は月曜日という運びになった。

母の郷里は北海道。
夏休み、母に連れられて北海道へ行くのが恒例だった。
従姉妹や伯父伯母たち(もちろん祖母も)との親族旅行。
利尻礼文、知床、稚内、釧路。
東へ、北へ。
母は兄弟仲がよく、伯父伯母たちのそれぞれタイプは違えど
大らかでフランクな人柄。
年の近い従姉妹たち。
子供の頃の私は、年に一度の渡道を楽しみにしていて。

日曜日、父と札幌に発つ。同日姉と姪も渡札。
母は一足先、前日に札幌入り。
札幌駅北口に父と姉と(姪も)待ち合わせる。
タクシーを拾って会場へ。

行動の人であった。
針仕事は趣味を超えて仕事の域。
(通夜の席で、祖母が若き日に、和裁で教鞭を執っていたのを知った。
出生前に父親に死に別れ、女性も手に職を、との
意向があったのかも知れない。)
七五三の晴れ着も、ハタチの振袖も、祖母の手縫いだった。

庭仕事は、日本のターシャ・チューダーと言っては言いすぎか。
でも、私の子供の頃には畑を借りていて、とうもろこしを作っていたし、
梅がなると、紫蘇と一緒に甘酸っぱく漬けていたものだった。

町内会の活動に、赤十字のボランティア。
詩吟を嗜んでいて、師範の資格を得ていたのを知った。

1912年1月7日生まれ
(ドイツの指揮者ギュンター・ヴァントと偶然にも同年同月同日生まれ)
2008年3月7日5時15分、逝去。
享年96歳。

通夜の式場で、何年ぶりかで祖母と対面した。
眠るような安らかな表情だった。

掲げられた遺影の黒目勝ちな瞳。

いつも柔和で
「ありがとうさま。」「**さんが~へ行きなさって。」
祖母の口調に、私は、
(おばあちゃん、赤毛のアンに出てくるマシューみたいだよ。)
と思ったものだった。

見舞いを待たず、あっさり逝ってしまった。
温厚なうちにも芯のしっかりした人だったから、
逝くと決めたら、もう迷わなかったのかもしれない。

最後に言葉を交わしたのは、数年前、見舞いに行った折。
(そのとき私は腰を痛くしていて)「腰が痛くて。」
と言ったら、
「おばあちゃんは年だけれど、あんたはまだ若いのに。」
と可笑しがられた。そして、
「仕事もいいけど、結婚は?」
昔気質に念を押すのも忘れなかった。

グランドホテルに宿を取っていたが、
その晩は母や伯父伯母、従姉妹たちとともに、
会場に泊り込むことにした。
会場には、母のいとこたちも集っていた。
従姉妹たちと、久しぶりに近況を語り合った。

伯母(祖母の長女)の連れ合いである今年70になる伯父が、
「おかあさんにすまないから。」
と言ってほぼ夜通し起きているのだった。

何年か前から少しずつ内臓を悪くしていたし、
96歳は大往生、とは思う。
祖母の生まれた1912年は、明治天皇崩御の他、
清朝の滅亡、タイタニック号の沈没があった年。
それら歴史的事実を鑑みて、
(それは、おばあちゃんも年を取って亡くなるわけだわ。)
と思うのだった。
でも、想像以上に祖母が逝ってしまったことに打たれる。

肉親とは、無条件に愛情を注いでくれる相手であるから。

骨になった祖母は、一部がうっすらと桜色がかり、
一部は淡い翡翠色で、無垢で可憐だった。
右足のあった部分から、ごついワイヤーが5本も現れたのに
驚いた。
生まれも育ちも北海道であった祖母。
格段骨が脆かったわけでもないのに、
雪道で転ぶなどして、骨折したことが数回に及んだという。

ワイヤーは、雪国で暮らすことの厳しさを、
無言のうちに物語っているようだった。

遠方の親族もあるので、初七日の法要もその日のうちに。
喪主の伯父が
「おふくろを亡くす、というのは哀しいことではあるけれど、
こうして久しぶりの顔ぶれが集えたのが懐かしく、
これもおふくろからの最後の贈り物かな、と。・・・」

葬儀が済んで、私は何かに憑かれたように眠りに眠った。

私は32歳。
32年を1タームとして、それを3回繰り返すと祖母の年になる。
それを思うと、96年の生涯も案外あっという間なのかもしれなかった。

ー時間を大事にしなさい。
祖母が、そう語りかけているような気がする。
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by fracoco-Y | 2008-03-16 00:26 | diary
しばしば、掃除機でいろんなこまごまとしたものを吸い込んでしまう。

消しゴムのちびたの。
ボタン。
ボールペン。
etc

あらかじめ床を整頓しておいてから掃除機をかければ
そんなことはおきないはずだが、それがなかなかできない。
吸い込んでしまってから、あ~ぁ・・、と掃除機を解体して
消しゴムその他の救出にあたるのだが、
少々憂鬱な作業ではある。

それで、箒を買った。
東急線の駅で頒布される情報誌「salus」
それに載っていたのと同じ箒を
新宿のキャトル・セゾンにて、1700円ほどで。

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たまにこれに乗って飛ぶつもり。
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by fracoco-Y | 2008-03-02 23:50 | diary
羊の大行進
先日、姉がやってきて一緒にtvを見ていて、
にしおかすみこがヒツジの群れに追いかけられる
シーンを見て、
「わたしもヒツジに追いかけられたい。」
と言った。

それは、千葉のマザー牧場の
「ひつじの大行進」という催しで、
話は急遽、マザー牧場へ行こう、
ということになった。
(意外と牧歌的なんですよ、我が家。)

姉の一家と、私と母。

父は最近かわせみに凝っていて、
かわせみの写真を撮る方を選んだ。

海ほたるで前売り券を買ったら、
ソフトクリーム付の割引の上に、リーフレットをくれた。
それによると、マザー牧場は、東京タワーや産経新聞を創設した
実業家が、昔、家が貧しくて、家にも家畜がいたらねぇ、
と嘆息していた亡き母に捧げるために造ったのだ、そうだ。

牧場には、アヒルがいた。
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そしてヒツジの群れ。
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12:30、坂の上からヒツジが150匹、わらわらとやってきて、
牧羊犬(ボーダーコリー)が、係りのお兄さんに連れられて、
はみ出ちゃダメ、と機敏にヒツジをまとめていた。

柵の中に入って、ヒツジと親しんだ。
嫌がるでもなく、頭をすりよせて来るので、
かわいい・・・・と顔や背中をなでる。
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100円でヒツジのえさを買って与えてみたり、
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ちょうど出産ラッシュらしくて、あどけないコヒツジの写真を撮ってみたり、
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オトナも楽しむのだった。

やはり結構広くて、思いがけずたくさん歩いたし、
ソフトクリームを食べたし、発酵バターを買い求めたり、
家に辿り着いたら、日も暮れかかっていた。

姉から、
「ヒツジ飼いたい~」
とメールが来た。
私も同じことを思っていたのだった。
さすがキョーダイ。考えることは一緒。

ヒツジはいいなぁ。
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by fracoco-Y | 2008-02-16 23:30 | diary