本、建築、ときどき旅。
by fracoco-Y
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肉体の悪魔

たとえば、ある人の洋服の好みがあまり好きではなかったとする。

その人と食事に行くことになったものの、
その人のまとっているジャケットの色ときたら
紫がかった、青ともつかないどっちつかずな色で、
あなたは並んで歩くのがちょっと恥ずかしくなる。

ところが、それからしばらく経って、気がついたらあなたはその人と恋に落ちている。
以前は、軽い羞恥さえ感じたその人の着こなしが、もう気にならなくなっている。

こういう話は、小説や実際に身近な人の恋のエピソードとして
目の当たりにすることが、少なからずあるようだ。

私の好きな小説に、レイモン・ラディゲの「肉体の悪魔」というのがある。
ラディゲは、この、恋に落ちる直前の、
本人も恋に落ちるとはまるで気がつかずにいる瞬間の
微妙な引き具合を、ものすごく的確に表現していて、
私は読むたびに舌を巻き、それを書いた(当時17歳の!)
ラディゲに脱帽する。

ある春の日、主人公の「僕」は家族とともに、オルメソンへ遠足に出かけ、
そこで、両親同士が知己の、マルトと出会う。

連れ立ってきた彼女の母親は、背が低く、やぼったくて
一目見てきらいになったものの、マルトの文学の趣味は悪くない、
と思い、彼女の描いた絵は気に入らなかったが、
マルトが、遠足に来た田舎の風景よりも、
自分の方に興味を寄せているらしいのを内心誇らかに思う。

マルトには婚約者がいて、やがて、マルトより年下の「僕」は、
学校をサボって彼女の新居のための買い物につきあったり
(そこで彼はマルトの家具の趣味を“悪趣味”と断定するのだが)、
そこへ起こった世界大戦。新婚のマルトの夫は出征し、
あとに残ったマルトと僕とは、ほどなく激しい化学反応のような
恋に落ちる。


まだ少女のような新妻と少年の恋は急転直下、
マルトは「僕」との間に一子を遺し、世を去ってしまうのだが、
マルトが死に到る床につくきっかけとなった、
ある小さな出来事の描写の精緻さにも、私は驚嘆させられた。

身重のマルトと外で泊まろうとした「僕」は気恥ずかしさから
ホテルに入るのを躊躇して、冷え込む夜の街を、恋人と二人彷徨い歩く。

行間から、マルトの「この人はまだ、とても若いのだ・・・。」という諦観が、
溜息とともに立ち上ってくるような気がした。

二十歳の若さで世を去ってしまったレイモン・ラディゲ。
あまりに早すぎる死だと思う一方、
彼の文章はすでに完成されている気もする。
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by fracoco-Y | 2006-05-19 23:15 | book